主よ、人の望みの喜びよ


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↓まずは先に音楽スタートしましょう

※3:36
 この曲も非常に有名で、様々な楽器版が作られて広く演奏されています。携帯の着メロに入ってたりすることもあります。エヴァンゲリオンでも劇場版「Air/まごころを、君に THE END OF EVANGELION」でピアノ版が使われていたとのことです。

 正式名称は、ヨハン・セバスチャン・バッハ作曲、カンタータ第147番「心と口と行いと生活で」BWV147の、結びのコラールである第10曲 コラール合唱「イエスは変わらざるわが喜び」です。カンタータ第147番は第一部と第二部からなり、各々の終りにこの曲が演奏され、第一部の終りは同じ曲の歌詞だけが違う版です。その歌詞の出だしの部分を曲名として使用することになっていますので、同じメロディでも歌詞が違うということで、第一部の終りの曲の曲名は、第6曲 コラール合唱「イエスこそわが喜び」となります。メロディーは全く同じです。つまり、正式名称は、この「曲」(メロディー)としては、第6曲 コラール合唱「イエスこそわが喜び」 または、第10曲 コラール合唱「イエスは変わらざるわが喜び」となります。が普通は「結びのコラール」として、つまり第10曲として意識されているように思います。
 えと、有名な呼び名である「主よ、人の望みの喜びよ」という曲名はどこへ行ったんだろうと思われるかもしれません。実はバッハの原曲に、これに該当するドイツ語の歌詞は見当たりません。ではなぜ、この題名で呼ばれているでしょうか。イギリスの女流ピアニスト、マイラ・ヘス(第二次世界大戦前後に活躍)によって、 「Jesus, joy of man's desiring(主よ、人の望みの喜びよ) 」というタイトルの ピアノ独奏曲に編曲されて有名になったといういきさつがあるとのことです。では、なぜ、原曲のドイツ語の歌詞とは違う題名が付いているのでしょうか。
 バッハの原曲の歌詞は、第6曲では、マルティーン・ヤーンのコラール 《Jesu, meiner Seelen Wonne(イエスよ、私の魂の喜びよ)》 の第6節から、第10曲では、同コラールの第16節からの部分を使用しています。ところがどういうわけか、英語で演奏されるときには、このドイツ語の英訳ではなく、Robert Seymour Bridgesというイギリスの詩人の作品が使われていたんですね。その詩の出だしが、「Jesus, joy of man's desiring」であり、その日本語訳が「主よ、人の望みの喜びよ」であるというわけです。なぜ、ドイツ語原詩の英語訳が使われなかったかということに関しては分かりませんでした。時代の流れとしては、バッハの曲は一度忘れ去られており、その後再発掘されて演奏されるようになるわけですが、その時、英語圏で演奏されるときに、ドイツ語の歌詞をどうするかという問題があるわけです。芸術的な鑑賞を目的とした演奏では、ドイツ語のままで歌うのが当然でしょうが、教会での礼拝として実用的に演奏するのであれば、聴衆が英語圏内の人々であれば、歌詞は英語であってほしいわけです。が、似たような内容の英語の詩が採用されているということは、ひょっとして、ドイツ語原詩の英訳がまだ作られていなかったのかもしれません。マイラ・ヘスは、イギリスでのカンタータ第147番のリハーサルを聴いて、この結びのコラールに感銘を受け、自宅に帰って、ピアノで弾いてみた、というのが、ピアノ版の始まりだそうです。その時に使われていた歌詞がこの英語歌詞だったわけですね。
 
 日本では、この曲もオーケストラ版で有名になったように思います。ここまででまだ演奏が終わってない方は、先にオリジナル版を最後までユックリご鑑賞ください。
↓オリジナル版の演奏が終わりましたら、次のオーケストラ版をどうぞ

※3:39
↑懐かしい、ジャン=フランソワ・パイヤール指揮 パイヤール室内管弦楽団の演奏を貼っていたのですが、リンク切れになったので、ストコフスキー版に貼り変えました。
 この曲は、まず最初に3連符からなる、とても美しい旋律が演奏されます。聴感上は、4分の3拍子で3連符というよりは8分の9拍子の8分音符刻みの旋律という感じがします(※末尾に解説つけました)。その旋律が一段落すると、合唱の部分が始まります。本来コラールですから、合唱が主役なのですが、なぜかこの前奏と、時々コラールの背景でも鳴っている3連符の伴奏がとても美しくて印象深く、3連符でない普通の音符で歌われる合唱の方が何か間延びしているような感じで印象に残りにくいので、この曲の主旋律がこの3連符のメロディーであるかのような錯覚をしてしまいそうです。パイヤール版では、3連符のメロディーが弦で優しく演奏され、コラールの部分は管で気高く演奏されています。初めは管が鳴る(合唱が始まる)と弦の3連符は控えてありますが、そのうち、管が鳴っても弦も3連符を演奏し続けるようになります。そして最後、合唱が終わって、この3連符のメロディーが最後を締めます。やはりこのメロディーが主役のように目立っています。
 それほどに、印象深い旋律ですね。この曲もまた、奇跡の1曲といっていい曲だと思われます。

↓オルガンで演奏されているものもよく聞きます。

※3:34
 オルガンは、色々な音色のパイプを備えており、3連符と合唱のパートとそれぞれにどんな音色を割り当てるか、というところで色々な組み合わせができ、演奏の結果としてはかなり印象が異なる物になります。どのパイプを使うかは演奏者の感覚次第ですので、オルガン演奏のバリエーションを追うだけでもかなり楽しめますね。と言い出すと切りが無いので、ここではこの一つだけの紹介にとどめておきます。この演奏では、合唱部分の和音を歌っているところは和音ではなくて旋律の1声だけに別のパイプを割り当ててあります。その分すっきりと聞きやすくなっていますね。このあたりも、オルガン用への「編曲」なので編曲者の裁量内ですし、編曲者が違えば音符も違いがでてきます。早い話、演奏者が自分でいいように編曲しても、所詮は「編曲」なので、原曲とは元々違うわけですから、かまわないわけですね。


↓さて、編曲でも抜粋ではなく、オリジナルのカンタータ第147番の全曲に興味がおありの方は、こちらをどうぞ(^o^)ノ

※32:29 (1)0:12- (2)5:03- (3)6:50- (4)10:27- (5)12:09- (6)16:33- (7)19:43- (8)23:24- (9)25:46- (10)28:40-
ニコラウス・アーノンクール指揮ウィーン・コンツェントゥス・ムジクスの、古楽器による秀逸な演奏です。

第一部
 第1曲 合唱「心と口と行いと生活で」 ハ長調、4分の6拍子
 第2曲 レチタティーヴォ「祝福されし口よ」 ヘ長調→イ短調、4分の4拍子
 第3曲 アリア「おお魂よ、恥ずることなかれ」 イ短調、4分の3拍子
 第4曲 レチタティーヴォ「頑ななる心は権力者を盲目にし、最高者の腕を王座より突き落とす」 ニ短調→イ短調、4分の4拍子。
 第5曲 アリア「イエスよ、道をつくり給え」 ニ短調、4分の4拍子
 第6曲 コラール合唱「イエスこそわが喜び」(Wohl mir, das ich Jesum habe) ト長調、4分の3拍子

第二部
 第7曲 アリア「助け給え、イエスよ」 ヘ長調、4分の3拍子
 第8曲 レチタティーヴォ「全能にして奇跡なる御手は」 ハ長調、4分の4拍子
 第9曲 アリア「われは歌わんイエスの御傷」 ハ長調、4分の4拍子
 第10曲 コラール合唱「イエスは変わらざるわが喜び」(Jesus bleibet meine Freude) ト長調、4分の3拍子

 バッハ愛好家の間では、第6、10曲のコラールだけではなく、第1曲や第5曲、そして第9曲も比較的有名です。第1曲のパッパラパッパラパ〜というトランペットの脳天気な響きが耳から離れなくなったり、第5曲のアリアでは、バイオリンによる前奏が3連符の短調のメロディーでかなり魅力的です。3連符ということが次の第6曲の3連符のメロディーをこの時点で暗示してもいます。そして第6曲で3連符のメロディーは長調なわけで、何かほんとに救いによる心の安寧、心の安寧が得られた喜びという物を十分に表現した展開となっています。

 さて、教会でのカンタータの演奏は、プロテスタントの教会の礼拝プログラムに組み込まれていたそうです。教会暦による祝祭日ごとに聖書の言葉を牧師が説明し、聖書の物語を音楽で再現するというものだそうです。祝祭日ごとに聖書のどの部分を読むかは決まっているそうです。
 このカンタータ第147番は教会暦で毎年7月2日に定められた「主の母マリアのエリザベト訪問記念日」のために作られた台本にもとづく曲です。以下は、wikipedia日本語版からの引用です。「エリザベト訪問記念日には、ルカ福音書第1章の第39節から第56節までが朗読され、牧師はこれに解釈を加えるいわゆる説教を行う。この日に朗読される範囲には、洗礼ヨハネを身ごもっているエリザベトをマリアが訪問してイエスの懐妊を報告すること、報告を聞いた洗礼ヨハネが胎内で喜び跳ねたこと、それを受けてマリアが主に感謝のほめ歌(この歌詞が「マニフィカト」である)を捧げたことが記述されている。BWV147はこの記述を下敷きとし、迫害や偏見を克服して主に感謝を捧げるよう促し、また怯む魂にイエスから助力があることを確信する歌詞で構成される。」
 ということで、このカンタータは初演の日が分かっており、それは、1723年7月2日です。
 なお、当時のライプツィヒの教会暦による祝祭日と、バッハのカンタータの対応を表にしたものがありましたので、リンクを貼っておきます。興味ある方はどうぞ 「教会暦とバッハの声楽作品」 ←これによると、同じ7月2日用のカンタータは2つ残っており、もう一つは、BWV10「わが魂は主をあがめ」だそうです。今回はご紹介しませんが、興味のある方は次のリンクからYoutubeにお跳びください。BWV10「わが魂は主をあがめ」


 バッハは聖トーマス教会のカントル(音楽監督)に就任していたとき、祝祭日礼拝用のカンタータの作製を頼まれており、毎回毎回新たにカンタータを作製するということを約5年間続けたということです。そのうちの約4年間分のみが現在に伝わっているとのことです。つまり2割は失われてしまっています。それでも200曲以上は今に伝えられています。その中でもこの第147番は一番よく知られており、一番よく演奏されるものの一つです。なので、演奏も実に豊富であり、皆さんも好みの演奏を探してみられるのもいいかもしれません。
 ここではもう一つ、グスタフ・レオンハルトの演奏も好みの方がいらっしゃると思いますので、ご紹介しておきます。ソプラノ、アルトに、ボーイソプラノ、ボーイアルトを起用したレオンハルトの演奏は、教会カンタータの曲想によっては、女性のソプラノ・アルトには出せない清楚さがもの凄く魅力的なことがあります。グスタフ・レオンハルト指揮、レオンハルト・コンソートの演奏でどうぞ。

※31:45
 この曲の声楽のソロパートはかなり難しいらしく、大人でも苦戦している様子がありますので、ボーイソプラノ・アルトにはかなり荷が重いようであります。




 思えば、当時の信者さん達は、教会へお祈りに行き、牧師さんのお説教を聞き、そして、音楽でのお説教と言われるカンタータを聴く。そのカンタータが、バッハの新作の初演だったりする。何て贅沢なんでしょう。もし、タイムマシンができたら、ぜひ、バッハの新作初演を聞きに行くツアーを組んでもらいたいところです。


 「主よ、人の望みの喜びよ」をご堪能いただけたのであれば幸いです(^^)


解説(追記)
 聴感上4分の3拍子での3連符というよりは8分の9だよな〜と思っても、wikipedia 等にも4分の3拍子と書いてあるし、ピアノ編曲版の楽譜は全部4分の3だし……できれば、写本譜などで確認したいと思ってましたが、ようやく確認できました。


 ちょっと見づらいのですが、おわかりになりますでしょうか。1段目、ト音記号、シャープ、その後、8分の9ですね。
 2段目は、書き間違えて上から上書きして書き直したような感じになってますが、4分の3です。3段目と4段目も4分の3です。
 印刷された楽譜で古いのも見つけました。これは、1884年にライプツィヒで出版された楽譜です。

↑これだと見やすいですね。そう、例の3連符を奏するヴァイオリンTだけが8分の9、その他は4分の3と書かれています。
 ああ〜、バロック時代の記譜法の自由度の高さを忘れてましたわ〜。こういう風に、意味が分かれば細かいことはどーでもいーんだよ、一々3連符の記号なんて書くの面倒だろ? といういい加減さが有ったわけです(^^;。
 ということで、3連符の旋律と呼びましたが、正確には8分の9拍子の旋律と言うべきでしたね。



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